ACW2 記事
記事のトップ > ACW2からのお知らせ「からだから視た現代労働事情」 田中美津 (鍼灸師)
働く女性の全国センター ACW2 発足記念イベント 講演録より
2007年1月20日 韓国YMCA国際ホール
みなさんこんにちは.田中美津です.
寒いですよね.よく集まったね.すごいですね.話す前から嬉しいです.
●女にとっては,いつだって格差社会だった
貧乏人はますます貧乏人に,金持ちはますます金持ちに,という格差社会.これは現代を読み解く,ひとつの大切なキーワードとなっています.実際,日本の労働者の4人に1人は,年収が150万以.そしてそのほとんどは,女性と若者だと言われています.格差社会でもっともひどい目にあっているのが女性と若者.と,耳にするたびに,実は「おや」と思うんでね.
だって,女にとってはいつだってこの世は格差社会だったんですもの.長い間女の平均賃金は男のそれの1/2でした.そして今,全労働者の3割は非正規雇用労働者,つまりパートとかアルバイト,契約社員等だそうですが,なんとその7割は,女性なのです.
女はいつだって格差社会というピラミッドの一番下を担ってきた.この頃になって問題になっている格差社会は,主要に正社員になれない若者が膨大に出現してきたことの問題としてあるのではないでしょうか.もちろん,これは自然に多くなったわけではなく,この間,景気回復と,グローバリゼージョンを進めるために,政府と企業が一体になって正社員を減らし非正規雇用労働者を増やすという,いわば国策を進めてきたわけです.
その結果,多くの若い人たちが正社員になれない状況ができて,なれなければお金が稼げない,親にパラサイトしているしかない,結婚できない,こどもも持てないというわけで・・・少子化問題を引き起こして将来に暗雲をもたらすんじゃないか.ということで格差社会,格差社会としきりに言われ始めたのじゃないか,と.そう私は思うのです.
●子宮から血を流しながら,この国の繁栄を,最も底辺のところで,支えてきた女たち
女にとってはいつだって格差社会だったという問題を考える時,忘れることができないのが昭和23年に成立した優生保護法です.これはいつのまにか母体保護法というふうに名前を変えていますが,優生保護法ができて経済的な理由,つまり貧乏ならば中絶ができるという世の中になりました.
戦後すぐの貧しい時代はもちろん育てられないから中絶して,ナントカ喰えるようになっても夢を持てない生活で,自分を大事にすることも知らないから避妊もいいかげんで,そのために出来ちゃったこども.夫が避妊したがらないせいで,出来ちゃったこども.部屋が狭いから,教育費が高いからこれ以上は持てないこども等々いろいろなことが理由で,女の人たちは,中絶をしつづけてきました.
いわば中絶をしながらパートとして働いて戦後の復興を支え,また高度成長を支えてきたのです.おどろおどろしく言えば,女の人は,自らの子宮から血を流しながら,この国の繁栄を,最も底辺のところで,支えてきたのです.
●グロバリゼーションの中でバラバラな私たち
さて,格差社会はグロバリゼーションと深く関係しています.グロバリゼーションの嵐にまきこまれて大変なのは,日本の労働者だけではありません.労働時間が短いということで知られていたフランスやドイツの労働時間も,徐々に長くなっているということですし,「過労死」という言葉はそのまま世界で通用するようになってしまった..イギリスやアメリカでは,実際過労死寸前のモーレツ社員がとても多くなっているのだそうです.
でも,まだ,かの国々の人たちはいい.
当然のように長い年休をとることができるし,産休や育休なども普通に取れる.オランダなんて正社員とパートの時給が同じですから,女の人は,自分のライフサイクルの計画に従って,働き方を選ぶことができます.風通しがいい人生であり,働き方ですよね.彼らは,いわば生きるために働いている.同じくらいのお金でずっと広い家に住んでるし.空間が人の心にもたらすやすらぎやゆとり,落ち着きということを考
えても,欧米の先進国はグロバリゼーションの嵐が吹き荒れてるといっても,日本よりは暮らしやすそう.
日本もつい最近,パートの労働者にも正社員への道を開いてあげようじゃないかとか,最低賃金をもうチョイひきあげようとか言われていますけれど,この夏の参議院選にむけての,いわばリップサービスに過ぎないのではないかといわれています.サービス残業のせいで均すと最低賃金を下回るようなお金で働いている人たちも多いというのに,万一参議院選を有利にするためにそんな口当たりのいいことを言ってるとしたら許せませんよね.
でもヨソの国がうらやましいなと思うのは労働条件や環境がいいというより,会社が不当な労働条件を押し付けようとしたときには,直ちにみんなで立ち上がる,そういう力をいまだちゃんと持っていることです.
これは政府に対しても同じね.国民の意に沿わない政策をすすめようとすれば,広範な反対運動が直ちに起こる.イラク戦争に反対の声をあげた何十万人の人々の存在は,記憶に新しいですが,イタリアでは,イラクで拉致された人をとりもどそうと,閣僚が先頭にたってデモをしていました.自己責任なんてそんなことは,誰一人言わなかった.
思うに人と人とがまだつながってる,他人の痛みを感じる力を日本人以上に持っているのではないか.そんな気がしてならないのです.
ひるがえって日本は・・・・と考えたときに,長い年休がとれないとか,残業が多いとかの問題以上に深刻なのは,私たちひとりひとりがバラバラでになってしまっている.バラバラにさすらっている.人の痛みどころじゃなくなっている.お互いにつながることが難しくなってしまっている.
そういうことと,現在多発してる「いじめ」は果たして無関係でしょうか.家族ですら,いや,家族は,家族であるがゆえに,暴力性を秘めたものになってしまっている.一緒に住んでいても,関係はバラバラ.先日の兄が妹を殺してしまった家族のように,誕生日にあれをくれたからこれをくれたから,だから優しい子なんです・・・というふうに「物」を通じてしか,お互いを感じえない.私たちは,いま大変なところにいると,思うんですね.
●今日,ここに,小さな光が,灯っている
そういった状況の中で,今日,ここに,小さな光が,灯りました.
孤立無援の状態で,もうさまざまな問題に苦しむ女たちに対して,今まで既成の組合は,全くといっていいほど,無力でした.無視・無関心だったといっていい.非正社員に対してはまったくそうでした.
今日ここに,小さな光が,灯りました.この光は,人の痛みに対して,差し出される手であり,駆けて行く足です.お金のある人間はお金を出して,知恵のある人間は知恵を出して,痛いと言っている人の下に駆け寄る,そんな全国センターが出来たわけです.
私はちょつとオーバーに言えば,涙が出るぐらい嬉しい.日本人はもう,バラバラで,だめなんじゃないかしら.人の痛みを感じ取れなくなっているんじゃないかしら.そんなふうに思うことが多かったから,本当に,本当に,出来たばかりのこの小さな光が,とても嬉しい.みなさんも同じじゃないですか.
●ストレスと冷えが免疫力を弱くする
さて,女の体がヘンだ・・・と気がついたのは,1990年代の初めぐらいでした.その頃から,眠れない,食べられない,耳鳴りがする,目が痛い,生理がくるってしまう,頭痛がとれない,そういった患者さんがすごく多くなっていったんですね.これらの症状は総て自律神経のアンバランスがもたらすものです.
バブルがはじけて,リストラ,リストラという声を聞かない日がないような状況でしたから,いつ自分がリストラされるかという不安で,こんなにも自律神経失調の人が多いのかと,そう思いました.
しかし自律神経失調はストレスだけでなくて,夏の過剰な冷房が原因でも起きます.どの職場もネクタイに背広の男たちに合わせて整えられている.
みなさん,たかが冷えの問題なんて思ったらだめよ.突然病気になる,大病になると言いますが,あれはいわば言葉のあや.突然なる病気なんて一つもないのです.総ては免疫力の問題.風邪だってそう.食べ過ぎたり,疲れで胃腸が弱って免疫力が弱い状態だからひくのです.
去年はノロウィルスが猛威をふるっていましたね.あれは,夏の過剰な冷房だけでなくて,冬にもアイスクリームとかビールをゴクゴクというふうな生活の中で,冷えが胃腸にまで入ってしまって,免疫力がとても弱くなっている.それだから,そんなに強いウィルスじゃないのに,バタバタとやられて,ウィルス性のすごい下痢がおきたりするのです.
とにかく現代人の体は冷えている.免疫力が弱くなる原因をふたつ挙げろと言われたら,迷う余地が無い.それは,ストレスと冷えです.余談になりますが,みなさんも,小腸ガンとか心臓ガンというのは,かつて聞いたことがないと思うんですね.東洋医学では,小腸と心臓というのは,最も陽性な臓器なんです.つまり,ガンというは冷えてるところが好きなんですよ.それだから「冷えは万病の元」といわれているのです.
●未病から病気へ
大きな病気が発病するまでには,自律神経失調で,眠れないとか,食べられない,足が冷えるというような状態が,何年も続きます.この状態を,東洋医学では,未病 (みびょう) と言いますが,病気は未病のうちにとりおさえない限りは,東洋医学だろうと西洋医学だろうと治すのは大変なことです.
私は,とにかく,1990年代のはじめに,自律神経失調の人がすごく増えたときに,あぁ,リストラと冷えだな,と.リストラされるかもとか,されてしまった,これからどうなる,どうしようという不安,そういった不安と冷えで自律神経がやられているんだ.でもまあ,リストラが収まって,それなりにまた,新しく世の中の体制ができれば,その状態も収まるかなと,実は思っていたのです.
というのは,新しい働き方として契約社員が,パートやアルバイトよりはましみたいな形で出てきて,雇用が多様化したから自分のライフサイクルにあわせて働き方を決めることができるようになる・・・と言われていましたから,そういう方面にうとい私は,そうかなというふうに思って,まぁ,バブルがはじけいろいろ大変なことが起きたけど,これが一段落すれば,また,それなりに安定するのかなと,漠然と思っていたのです.ところが全然そんな風にはなりませんでした.それどころか,婦人科の病気で苦しむ人がやたら多くなっていって・・・・.
自律神経とホルモンは2つで1つのようなものだから,何年か自律神経失調に苦しんだ果てに婦人病になる人がすごく多くなっていったのです.
例えば,去年の秋にうちの治療院は新しい患者を11人とったのですが,なんとその中の6人が卵巣脳腫だった.こんなことは未だかつてないことです.もちろん,そうじゃない人たちも,生理が不順とか,生理痛があるとか,月経前緊張症がある,そういう症状のない人を探すのが難しいといった状態です.
20代で子宮筋腫や子宮内膜症だという人も多い.50代60代の体にかまわないおじさんが働くだけ働いてバタッ,みたいなことは今までにもあることだったんですけれど,キャリアウーマンとしてバリバリやってた人がまだ30代なのに突然倒れる.そういう事が今は珍しくありません.
それというのも,女の人たちの働き方は,リストラの嵐の後も,さらに大変になるばかりでした.でも女の人にとっての格差社会は,じつは男の人にとっても,格差社会なんですね.男たちは心がボロボロになっている..
女は家計の補助程度に稼せげればいい,その代わり家事育児を女が担って男を支える.男はまるで会社と結婚しているような働き方で,頑張って・・・.グローバリゼーションと言われパソコンが活躍し始めてからそれがドンドンひどくなっていって,その挙句に過労死が増えただけでなく,鬱症になる人たちが,ものすごーく多くなっている.特に30代がひどい.40,50のおじさんたちも楽なわけじゃなく,以前と比べるとやはり鬱症になる人がとても多くなってきています.こういう事は正社員が少なくなったために,仕事が集中して残業,残業の状況でおきているわけですよね.女の人も,残業しないという人は,正社員では,ほとんどいなくなりました.帰るのは10時11時というのがあたりまえの状況になっています.
急げ,働け,追い越せのグロバリゼーション,規制緩和の世の中に追われて,もうみんなヨレヨレですよ.でも,いつだって,ピラミッドの一番下にいるのは女ですから,女の人たちの窮状は,目にあまるものがある.それは,後で,具体的な発言があると思いますので,私は短い時間の中で言うことを避けますが,とにかく大変な状況です.
『夏の力道山』という小説があります.夏石鈴子さんという,たしか,文芸春秋の編集者をしながら,作家活動をしてらっしゃる方で,一家の大黒柱として働く40代の女の人の一日の働き方を書いた本ですけれども,その本の中で彼女は仕事に行く前に,夏の話ですけど,絹のスパッツをしっかりとはくんですね.
夏に絹のスパッツをはけと言っているのは,私以外にはほとんどいないのではないかと思うので,どこかで私たちはニアミスをしているんじゃないかな,と思いましたが,とにかくこの乱世を乗り切るにはみなさん,からだですよ,からだ.
●全国センターも体ぐるみの支援を
体が悪かったら,NOという声を上げることもできません.闘う勇気とは,つまるところ体の力です.ですから,この小さな小さな嬉しい光,全国センターも,ぜひ,支援の中に,体ぐるみの支援という視点を徐々にとりこんでいただければ,と思います.私も,私以外の東洋医学にかかわる者たちにも呼びかけて,何かお役に立つことがあれば,ぜひ参加させていただきたいと思っています.こういった,全国センターにかけつけるようなまじめな人たちというのは,自らを省みずに頑張る人が多い.それで自分がボロボロになってしまって,顔色も悪くて,人の相談どころじゃないよというふうな,そういう人たちが多くなりがちなんです.
老婆心とは思いますが,どうぞか御身あっての,全国センターです.体に本当に気をつけてくださいね.
●恋も仕事も生きがいも
最後にひとつ,気づいたことを申し上げたいと思います.
ビラとかポスターに,「愛も,仕事も,生きがいも」と書いてあります.私はそれを見て「あれ?」と思いました.マザーテレサのところじゃないんだから,「愛も,仕事も,生きがいも」って何なのって.腰がひけてるじゃんって.
みなさんね,頭で考えることは,長らくためこんだ無意識や潜在意識に左右されていると言われているんですね.このフレーズを考えた時に,「恋はちょっと恥ずかしい,でも愛なら格調高いわ」というふうな気持ちはなかったのでしょうかね.もしそれだったら,今を生きる女の人たちの気持ちからは,ちょっともうズレている.
私たちが欲しいのは,働く女の痛みや切なさに共感してくれる,感じてくれる,血が通った生き生きした,色っぽい組織です.色っぽいとは,しなをつくることではないです.生き生きしていることが色っぽいんです.生きているということが色っぽいことなんです.
今のような,こういう大変な状況になりますと,女性の自立というのは経済的な自立だという方向に集約されてしまうような危なさがあります.でも,それでは私たちは退歩するこになってしまう.この際ぜひ,堂々と「恋も仕事も生きがいも」という方向で,頑張っていただきたいと思います.今日私は花束を持ってくるかわりに,歌を作ってきました.最後にその歌を歌ってしめくくらせていただきたいと思います.
恋も,仕事も,生きがいも
働く女は,くじけない
どんな困難があろうとも
この手で青空をつかむのよ
発車ぁ,オーライ
明るく,のびのび,走るのよ
発車ぁ〜,オーライ
※『東京のバスガール』(コロムビア・ローズ) の替え歌